カンボジア・ミャンマーダイレクトアクションに参加して(私情編)
みなさんは心の琴線に触れるような、あふれる涙を流した経験がありますか?
今回私は 参加したことで 目に見えないものを見るということ、感じるということ、信じきるということを実感した気がします。「夢の実現を間のあたりにすること」これが私がカンボジアツアーに参加した動機でした。行けば何かがつかめる気がして いざ、カンボジアに旅立ちました。
降り立ったカンボジアの町というのは喧騒と言う言葉を思い浮かべて下さい。日本では廃車になりそうな車やバイクの激しい往来、道路脇の建物は暗く灰色で道にはゴミが投げ捨てられていました。これがアジアなの?と正直思ってしまいました。
村の貧しさはさらに上回ります。物資を携えて片道3.4時間の道のりを窓なしバスで向かいました。到着した地は広い広い草原。これから建築予定の場所でした。セアロはそこに米や油、砂糖、などの物資を直接届け出向かれます。明日は何も食べることができないかもしれない。そんな1日1日を送っている人々に届けに行かれるのです。戦争で豊かな人々が戦後で急に貧しさを味わったのとは違い、今まで一度も豊かということを経験していない人々に対して。それはお金だけを渡せばいいという支援とは全く異なります。
セアロが支援している孤児院があります。その名もパームトゥリー孤児院。夢と希望のドリーム孤児院です。今年で2年目になるとのこと。現在はある程度皆に物資は行き渡り、支援にだけ甘んじて頼る態度を改め、自分達で行動するという次への課題が求められます。セアロは『自立』といういことを強く説かれていました。日本とは習慣の違うカンボジア人の多くは労働意欲をあまり示しません。そんな彼らに「常に自分に何ができるかを考えて行動しなさい。正しいことをしなさい。正しいことをするものに支援する。自分の花に水をやってくれるのを待ってはいけない。自分で与えなさい。」と厳しさと深い愛のような眼差しで話されていました。全てが私にもあてはまり胸に響くお言葉でした。
私が今回 カンボジアの体験で一番自分の古皮がむけたような経験がありました。それは、ガユーナ・セアロ・アワードコンテストでのことです。子供達のダンスは素晴らしかった!!伝統を学び一所懸命練習してきたんだろうなと思いました。このダンスコンテストでは賞金のほかに 我々参加者もスポンサー賞として、自分の気にいった子供達に賞金などを渡すことができます。これぞ、夢の実現 私の感じるところだと私なりに用意していました。ですが、自分の不注意で直接渡すことができませんでした。
しかし、そのことが 私に自分の剥き出しの感情に向き合わせてくれ、また仲間の愛や宇宙は一つだと感じる体験となったのです。それは「喜びはみんなでシェアしたらいい」と言ってくれた友の言葉より、「よい事をしているのにイイ 悪いなんてない。誰がしたっていいということ。すべては一つ。皆がつながっているのだといういこと」に気づくことができました。
話はミャンマーに変わります。ミャンマーのダイレクトアクションでは物資の調達から間近で見ることができました。セアロがどんなものを選ばれるのか興味津々です。500世帯の物資の買い物は量だけでも半端ではなく、大金が動きます。それを地元の市場で買うことで地元の活性化にもつながっていました。セアロの買い方はダイナミックでかつ、瞬間瞬間キラリと光るような感覚で素早く見極め、次々と雑踏の中を行動されます。ボヤボヤしていたら迷子になりそうでした。物資は一つのバックに入れて配りました。内容は魚のダシ、卵、豆類、スパイス、野菜、米などに加え石鹸、毛布などバラエティに富み 受け取った人々の喜びようは はちきれんばかりの笑顔と嬉しさにあふれていたそうです。
また、周囲からセアロの選ばれる品物は品質だけでなく 心があっても売れないような店を選ばれているよと聞き驚くばかりでした。セアロは「これを6年ぐらい一人でやっていたんだよ。気づいたら朝でね、さぁ、行くぞってな感じだ〜ワッハッハッ 」と笑われて話されていましたが、私は口をあんぐり開け、目をパチクリして聞いていました。
2つの国を体験すると自ずと違いが見えてきます。
ミャンマーは美しかった。道路は早朝 掃かれ、道にはゴミはありません。貧しくても奪いとったりはしません。暮らしの中に礼儀というものを感じたのです。その違いはどこからくるのでしょうか? それは信仰の差ではないかと思うのです。ミャンマーには仏教があります。彼らには信じるものがある。その信仰が人々のこころを正しくさせているのではないでしょうか。人々はお坊様に会うと礼拝をします。それは厳しい戒律を守り、皆のためを思い幸福を願ってくれる存在であると尊敬しているからではないでしょうか。また、よき指導者の必要性も感じました。
最後に一つ御紹介したいエピソードがありあます。ダイレクトアクションのひとつに寺院で子供達にキャンディを配るという体験があります。セアロが求めることは3つ。@きちんと並ぶことA礼拝 B配られるまで待つこと です。これらを守ることができなければ泣き叫んでいても渡さず、さっと帰られます。この体験後、外国人の仲間が次のように考えをシェアしてくれました。
「これは我々にとってもきっと同じことですね。宇宙の神さまが地球を見るとき 各々の国が人々が争い奪い合うことばかりせず、きちんと並び 神に敬意を表し、感謝して地球の恵みを受け取る。そして、何より大事なのが各々が自分の道、自分の使命を全とうするということ。そうしなければ神さまは同じように怒って地球を見放すのではないだろうか」という話でした。―と私は受け取りました。一人一人の心の平安が国を救い世界を救うと思います。なぜなら 全てはつながっているから。
帰国して 改めて日本の良さを実感できます。清潔感、安心感、どこに行っても美しい水、交通網の発達、便利さ、四季の変化・・・。日本人として世界にわかちあえることはたくさんあります。
この旅は 私にとって 大きな大きな流れに乗った気がしています。たくさんのサポートを受けて 今 ここに存在していることのありがたさ。今まで見ていた世界とはまた違う世界との出会いでした。パームトュリーでの子供達の輝く瞳、旅の途中でのたくさんの笑顔、大切な大切なものを受け取りました。今回記したことはほんの一部です。毎日が劇的でした。笑いと涙のオンパレードです。
さぁ、次は 皆さんが直接体験してください。
合掌 今回参加させてくださった全ての人々に 神に 宇宙の計らいに感謝致します。ありがとうございました。新たな誕生です。オギャー ^^
追記: 今 セアロやあみ夏さんの中で 波田陽区の「ヨン様ヨン様っていうじゃな〜い。
でも結婚したら あなたの苗字“ペ”ですから〜 残念!!」といういのが大流行でした。私は時にツボにはまって大笑いです。本当に素晴らしい方々です。
おたより <大久保登美子さん> 更新2005年1月
<人道支援+奉仕活動普及啓発事業:カンボジア・ミャンマー 海外ダイレクトアクション 2004年11月18〜12月10日実施>
