子どもピース大賞に輝いた上木くんが、カンボジア・ダイレクトアクション支援に参加したレポートです。
 
最初カンボジアの子達にあったときは、「どうやって話そう」とか「友達になれるかな」とか思っていました。しかし、10分もしないうちに仲良くなりました。そのときにかんじました。
 
どんな国の子供達でも、言葉関係なしに友達なれるんだなあ…と。
それから、そこにいるカンボジアの子、一人一人の目が輝いていました。ぼくは、この子達がつい最近まで道で暮らしていたなんて信じられませんでした。
 
そして、ぼくたちは、最初のイベント、オープニングパーティを迎えるまで次々と友達を作っていきました。日本人の友達、アメリカ人の友達、そしてカンボジア人の友達です。
 
また、オープニングパーティを迎えるまえに、気になった子がいました。その子はカンボジアの子で、一人だけ衣装をきていませんでした。わけを聞いてみると、そのダンスは二人一組のダンスです。しかしその子のパートナーが、はしかで来れなくなったそうです。
 
僕なら悲しみます。しかしその子は文句もいわず、めげずに、にこにこしていました。その「強さ」に、ぼくはびっくりしました。
 
そして僕達の舞台「子供国際会議」が始まりました。その会議は、僕達が想像したものとは大きく異なりました。国際会議というよりも国際遊び会のような内容でした。各国の人が、遊びを通して触れ合っていきました。
 
その時、僕は感じました。こういう事こそが「国際会議」なんだと。そして締めくくりは、それぞれの人の考える平和を発表していきいろんな人の平和を考える発表会がありました。
 
そして愛と平和の祭典では、カンボジアの子達がダンスを踊る、ココナッツダンスがありました。僕はそれを見て改めてこの子達が本当に道に寝て、物を拾ったりして生活をしていた子供達なのだろうか、と想いました。
 
それと、この子達がドリーム孤児院に入ってから、ここまでダンスがうまくなるまで、どのくらいの苦労があったのだろうと僕は想いました。。そして、終わってからものすごい感動がおしよせました。
泣いていた人もいました。とにかくカンボジアの子供達は、ものすごいことをやったんだと実感しました。
 
そして、つぎにシンポジウムがありました。そのとき最初に手を挙げたのはカンボジアの子供代表でした。そして昨日あった国際会議のこと、支えてくれた人の事。平和について思ったことを発表していました。
 
このことについて僕は、すごく助けてくれた人への感謝の気持ちが感じられました。次にアメリカ,そして日本というように、それぞれの国の子供達が意見を交わしていました。
 
そしてイベントが全て終わり、次にカンボジアへ行く事になりました。その時カンボジアの子供は、故郷に帰れるのをすごく楽しみにしていました。
 
そして、航空機の中で、着陸した時、カンボジアの子が、「カンボジアへようこそ!」と日本語で言ったのがすごく印象的でした。そして日本の中古車に乗りホテルを目指しました。
 
プノンペンには日本の中古車がかなり多く、バイク一台で4人も人が乗っている光景が見えました。そしてすごく空気がほこりっぽく窓を開けるとせきこみます。その日はホテルに泊りました。その時は、すごく明日が待ちどうしかったです。
 
次の日、孤児院についたとたん子供達が笑顔で駈けよってきました。その笑顔を見て、すごくほっとした気持ちになりました。そして、そこで数えきれないほどの子と友達になりました。
 
孤児院では、日本から運ばれてきたいろいろな品物が山のように詰まれていました。そして、日本語の授業をみたり、サッカーをしたりして遊びました。その日は孤児院に泊りました。
 
次の日、違う孤児院に行きました。そこでは、幼児を保護しているようでした。しかもその子達は、みな、目がとてもキラキラしていました。でも、昔保護していた孤児院はとても古く、指でも簡単に穴が開けれるほどボロボロでした。
 
その日も孤児院に泊りました。次の日は一日目のような生活でした。しかしその日でお別れになるので、車でホテルに移動しました。
 
移動する前、つまりお別れする時、たくさんの人が別れを惜しみ、泣いたりしていました。そして次の日、日本へ帰国しました。
 
ぼくは、この体験をして、本当の平和を見つけました。本当の平和は、子供達の笑顔です。
おわり

ハートエキスポ・カンボジアへ行って   <上木航君>   更新2004年2月
カンボジア・ドリーム孤児院を訪問   <安東春樹さん  更新2003年12月

ハートエキスポに向けて頑張っている皆さんへ
安東です
8日からカンボジアに御法と行ってきました。今朝戻ってきたところです。
たった2日の滞在でしたが、皆さんに伝えたいことが・・・
 
伝えなくてはいけない事があります。ただ、どのように話したらよいものか
カンボジアを出発する時からズ〜〜と考え込んでいました。
 
多分、このメーリングリストや、高松のイベントに協力してくださっている方たちの中で、今の孤児院の子供達を、肌で感じてきたのは私達だけと思い、ぜひ私達が体験した事を伝えたいと思います。
孤児たちのことは、皆さんと同じようにセアロやあみ夏さんから、それなりに話を聞いていました。皆さんもそうだと思うのですが、話を聞いてただ漠然とした事しか思い浮かびませんでした。
 
ところが、子供たちが私達に与えてくれた感動は、言葉に出来ないほど言葉では表現できないほどの感動でした。言葉が悪いのですが、本当にこの子達が数ヶ月前まで浮浪児で、毎日喧嘩したりご飯もろくに食べず、殺気立って生きていたとはとても思えません。小走りに近寄ってきて素晴らしい笑顔と大きな声で、「こんにちは」と名前を日本語で話しかけてきました。2〜3歳の子は、足にまとわりついて離れません。
 
どの子もキラキラした目で一生懸命話しかけてきます。まあここまでは普通の感動でした。しかし、この後子供たちの踊りを見た瞬間頭が真っ白になり、あとは、言葉もなく涙をこらえるのがやっとでした。
 
孤児院の責任者ポールさんが、来年の高松に向けて練習の成果を見てくださいと、子供たちが練習用の衣装に着替え、私はビデオカメラをスタンバイしてカメラの画面を通して始まるのを待っていました。
 
そして、音楽が鳴り踊りが始まった瞬間、うそでしょ、これは長年踊りを習っている子達で、高松のために集めたんじゃないのと思えるほど体の動き、顔の表情すべてに唖然としてしまいました。小さな舞台がまるで別世界。
凄いパワーとオーラに包まれている子供たちの姿に、隣にいたポールさんに本当にこの子達は、少し前までストリートチィルドレンだったのかと何回も聞くほどでした。
 
実際にポールさんもセアロに言われたものの、こんな短期間で出来ないと思っていたそうですから皆さんも想像がつくと思います。踊りの先生も普通2年はかかると言われてました。
 
セアロがいつも言われている事が今、目の前で起こっているのです。
子供たちが自分の夢のために行動して形にしている。それもほんの数ヶ月前まで浮浪児だった子達が。こんな凄い物を見せられた素晴らしい2日間でした。
 
最近ハートエキスポのことで、良くも悪くもいろんなことを言う人が身近にいます。
自分に迷いがあるなら、批判したいことがあるならまず、カンボジアに1拍でもいいから行ってごらんなさい。あの子供たちを見たら何も言えなくなります。自分の目で見てくれば納得がいきます。子供たちが主役ですよ!
 
長々と書きましたが、これでもほんのさわりだけです。とてもメールぐらいでは書くことが出来ません。大変素晴らしいパワーをもらってきました。    感謝
ミャンマーツアー2003へ参加して <池田光太郎・幸加さん>  更新2003年10月

私たち二人は、今回ハネムーンを兼ねてセアロのツアーに参加させて頂きました。
実際どのように参加したら良いのか考えていましたが、ミャンマーに行く前に出来ることを…と思い、まず周りの方にドネーション(寄付金)の呼びかけと、手作りの巾着(220個持っていくことが出来ました。)、子どもたちの衣類など、皆さん快く手伝って頂き、現地に行く前からツアーが始まっていた気がします。
 
<10月10日(金)>
初日、ヤンゴン空港にはセアロが出迎えてくださって、これからミャンマーの旅が始まることを、現実と感じた私たちでした。ツアーによりどんな自分たちになるのだろう?ワクワクしたり、少し不安もありましたが、セアロのダイレクトアクションをしっかりとお伝えすることができればと思っております。
まず、あみ夏さんから「これは、観光旅行ではありません。各自、人に頼らず、じぶんで考えて行動してください。」と言われ厳しい現実を感じましたが、楽しく仕事をすれば伝わることも大きいと信じ、その日はホテルへ・・・・・明日は朝早い!
 
<10月11日(土)>
朝、ホテルでミィーティングをして、7,8人のグループ分けをし、各グループごとに何をドネーションするのかを自分たちで話しました。そして日本の方からの寄付金で市場に行き、それぞれ買い出しをしました。お米、文具、子供服、歯ブラシ、石鹸、毛布など・・・。このように皆さんから頂いた寄付金は使われています。セアロはこれをずっとやっていらっしゃるのには私たちも承認が出来ました。この買出しは私たちみんなの学びでした。日本とミャンマーは、生活状況がまったく違うため、「良かれ」と思った物が実際には使用できなかったりしました。
 
<10月12日(日)>
早朝、チャイティオに出発! 道中、孤児院の出入り口の橋が壊れたり、車がパンクしたりで、なかなかすんなりとは行かせてもらえませんでした。
移動中、子供たちの姿を見つけては、車を止め、こどもたちの行列にキャンディーを配りました。
しっかりと挨拶の出来ないこどもに対しセアロは、キャンディーをあげずに返すということで、礼儀を教えていました。
チャイティオは山なので、上に行くまでトラックの荷台に乗ります。今回、セアロのはからいでホテル前まで乗ることが出来ました。荷物は子どもがおろすため、この山に行くには荷物は少ないほうが良いようです。空がとてもきれいでいつまでも見ていたかったです。夜、ゴールデンロックに行き瞑想をしましたが、岩のエネルギーはすごかったです。
 
<10月13日>
 朝食後、セアロの後に続き洞窟のある寺で瞑想しました。自然の素朴さ、優しさ、厳しさ、そしてパワーを感じ、世界の人が平和であることを願いました。この寺は、谷にあるので帰りはきつい登り、現地の子どもたちが付きそいで荷物を持ってくれました。上に着くとセアロを待つ子どもたちの列が出来ていました。いよいよ子どもたちへのプレゼント!! すごい数の子どもが次々にセアロに挨拶をして「あっ」という間にプレゼントの袋はなくなってしまいました。
 午後は、バンブーハウスという竹で作った家(村の人々が住んでいる)を見て回りました。斜面に立ち1年くらいしか持たないであろう家に住んでいる人々の生活を見て日本との差を感じました。
 
<10月14日>
早朝出発、5時間かかりゼンチャイに到着、お寺では昼食とお菓子が用意されていて後で村人の好意と知りました。食後、参加者の安東さん、御法さん、内田さん、水谷さんよりゼンチャイ寺にテレビ、DVD,ステレオが寄付され、村人は大喜びでした。
この後、500世帯に配る米を袋詰め、石鹸の袋詰めを行い、みんな汗だくで明日の準備をしました。  夕方、山で瞑想をしました。風が強くて、予定していた気球は飛ばせませんでしたが、聖地のパワーに感動しました。まるで宇宙にいるような星空が今でも心に残っています。
 山の道は足場が悪くて注意が必要でしたが、村人が手を引っ張りサポートしてくれました。夜道、私たちのことを思い1つしかないローソクを道においてくださった村人の優しさがありがたかったです。
今日の日本では、他人のことを思い気使う人は少ないため、人の心に触れ学ばせていただきました。
 
<10月15日>
 この日もゼンチャイ山に登り、セアロスタッフ、チィーさんのパゴダの式典がとり行われました。
この山には、108つのパゴダが立つ予定でチィーさんは106つ目。ミャンマーの人々は、パゴダを作るのが生涯の夢だそうです。多くの人が見守る中、式典が始まるとパゴダの上だけ雲が晴れ、きれいな空が顔を出しました。これは参加者もビックリな出来事でした。
 昼食は、日本カレーがふるまわれ、青空の下みんなでいただきました。
夜、村人へのドネーションの列が知らない間に出来ており、ここでは米、生活雑貨、衣類などが多数配られ村人はお祭り騒ぎのようでした。日本人が同じことをされてこれだけ喜べるであろうか?と私たち自身も反省と感謝でいっぱいになり、ミャンマーツアーは深いなーと実感!
 
ツアーに参加して、日本でセアロに面談で言っていただいた言葉
「正しいことをしなさい。」「自分が喜べる事をしなさい。」「わからない先のことをあれこれ考えるな。」
が、言葉だけでなく体験を通して実感しました。心配性でなかなか進めない自分が吹っ切れました。
そして、グローバルハーモニージャパンの活動をこれからもサポートしていきたいと思いました。
この旅に参加して良かったです。そして出会った笑顔にありがとう!!!
 

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