2005年6月人道支援の記録
コロンボ・マダリダ地区、国立病院、アンバランゴダ、マハタラ、キリンダ、アヌラダプア
人道支援事業:スリランカ支援 期間: 6月5日〜13日 <収支報告>
第2回目の訪問。大津波被災者に対する支援がきっかけに、この3月に初めてスリランカを訪問しましたが、現地NGOと協力者の僧侶(ラジャウェル・スブーティ師)が積極的に様々な支援事業や福祉事業を行われていることもあってか、私達の目指す「自立支援」に対し、非常に深い理解を得ることができていることが、今回の訪問を通じて感じられました。
まず、前回の訪問で6つのセメントブロック製造機を寄附したその後について、調査訪問した順にご報告いたします。
キリンダ地区
私達が活動拠点にしているコロンボから、車で約8時間。スリランカは涙の形で知られる小さな島国ですが、コロンボや前回訪問した被災地はインド側、つまり西沿岸沿いでしたが、キリンダは、反対側の東沿岸沿いの地域です。
この地域は、前回3月に訪問後、日本の仲間(保坂夫妻)が訪れた地域でした。西沿岸沿いはTVでも被害が放映され、多くの支援が大小各国から行われています。でも、東沿岸沿いは?そんな疑問から、彼らはキリンダを訪れました。案の定、にぎやかに支援団体の名前が入ったテントや避難キャンプが立ち並ぶ西側と異なり、何も手が付けられていない状況だったそうです。
彼らは、このほかに私達が訪問した西側の避難キャンプに滞在し、人々と共にセメントブロックを作って過ごしました。被災地の人々、現地の協力者のみなさんも二人が一緒に寝起きし、一緒に働いてくれた事にとても感激したようで、今回の訪問で彼らに対する感謝の言葉を受け取りました。
この二人が帰国後、スブーティ僧侶はキリンダ地区への支援事業も開始し、セメントブロック製造機の2台をこの地域に寄附することに決め、他の数箇所の製作所に続いて、5月キリンダにも製作所が出来上がりました。私達がそこを訪問したのは約1ヵ月後のことですが、この素晴らしい成果をご覧下さい!!


現在、32棟の家が建設中で、それだけではなく、別の村からもブロックの注文が来ているということでした。もともと漁業を営んでいた村の人たちは、この時期(6月)は漁が出来ない時期です。しかし、このブロック製作のおかげで、新しい仕事もでき、立派な家と仕事を自分達の手で手に入れることが出来ているという嬉しいニュースでした。
この地域はイスラム教の人々が多い地区です。何が理由なのか、支援がほとんど届いていません。西側は、仏教徒が多いのですが、残念ながらこの度の支援からひどい話も耳にしてしまいます。「宗教を変えたら家を建ててあげるよ」という団体が、一つや二つではなく、また世界的に名の知れた団体でも、意図は改宗させる目的で支援を行っているということを聞き、大変ショックを受けました。今イスラム教は世界のあちこちで様々な宗教紛争で問題を抱えています。そこに油を注ぐことはしないのか、この地域に支援が少ないのはそういうことが理由だと。
何か偏った見方があるのではと、始めは疑いましたが、実際に村の人はみんな改宗してしまって家を建てたが、自分はそれが出来ないからという理由で家の無いままでいる人と会い、事実そういうことがあるのだということが分かりました。常に国際協力では、人と人のことを直接やっているのですが、こういった宗教、政治の問題に直面します。世界の縮図を見せられているようで、ますます人と人との心の繋がりを作っていく必要があるのだと実感させられるのです。
ちなみに、このキリンダでも、スブーティ師は現地のNGOと協力して進行状況を把握していますが、上記写真のブロックと一緒に写っている彼はイスラム系のNGOスタッフです。宗教など関係ないことです。人々の幸せのためにあるのが宗教ではないのかと思ってしまいますね。スブーティ師は最低2週間に1度は各被災地や支援の必要な地域を訪れ状況を把握されているとのこと。これからはもっと人とのコミュニケーションを大切にし、各地に心ある人を見つけ繋がっていきたいからと語るスブーティ師。同じ思いで活動する仲間に出会えて本当によかったと思っています。
マハトラ地区
最南端の地区に当たるマハトラ地区にも、セメントブロック製作所が寄附されました。しかしながら、ここでまた問題が...。政府は沿岸から100m以内には家を建ててはいけない、その代わりに土地と家を建てる資金を援助するという方針を出しましたが、それから半年、何の動きもないというのです。ブロックは出来ても、家を建てる土地がない。立てれば違法になる。
以前に初代スリランカ大統領の素晴らしい功績をご紹介しましたが、今は政府は随分変貌してしまっているようです。とても残念です。今、アメリカや英国を始め先進国がアフリカに対する支援が汚職の温床になっていることで問題化していることが新聞でも取り上げられていますが、アフリカに限ったことでは在りません。支援が結局自立を奪い、流れるお金が一部の権力者に思うようにされてしまう...。私達も今まで何度となく目にしてきました。政治家だけでは在りません。その体質は受け継がれ、NGO団体が何の団体なのか分からなくなっているという例も沢山在ります。
津波が起きてすぐに、救援物資が沢山送られました。スブーティ師のところにも、6つのコンテナーが外国の友人から送られたそうです。しかし、これらは3ヶ月間もの間倉庫に保管され、彼らはおろか、被災者が手にすることは出来ませんでした。当初混乱があったでしょうし、人命救助が最優先だったでしょう。政府も対応に混乱したのは間違い在りません。しかし結局管理しきることができず、放置されたままでした。その上、3ヵ月後になってやっと引き取ることが出来ると知らせが来た時には、受取に税金を支払えというものであったそうです。
結局1つのコンテナーしか資金的にも受け取ることが出来ず、他のものはどこで誰がどうしているのか分からないままです。とても残念です。政府や権力者相互で行われるところ、そこに私たちは直接介入することはできません。しかし、人と人のつながり、心の豊かさを一つひとつ増やしていくことは必ず出来ると思います。
現在、私達がマハトラ地区で行っているのは、個人の事業再開や雇用促進の計画です。スリランカの物産やアート作品をニーズに合わせて作り、そのお店を出すことを目標に、マハトラ地区で事業を開始しました。
また、カンボジア、ミャンマー支援でも触れた、中部大学の学生が行っている子ども交流事業へ参加するためにスリランカでも子ども達の選出を行いましたが、代表に選ばれた津波で家と兄弟を失った男の子は、ここマハトラから日本へ向かいます。この地域に、これから明るい展開が見えてくることを楽しみにしています。
アンバランゴダ地区
前回訪れた避難キャンプとなっているお寺を訪問しました。この地域でも同じく、家が建てられる土地が与えられていない情況ですが、セメントブロックは寺院内に建てられる孤児院校舎に使われています。建物が出来上がるのももう少しです。沢山の子ども達が勉強をしていました。
一日も早く人々の生活が戻ることを祈ります。
コロンボ、マダリダ地区
津波が起きる以前から、スリランカ支援の依頼があったのは、ミャンマー、カンボジア等と同じく、心の豊かさを学びながらも自立できない物質環境にあり、このままでは物質を得るために、生きるために心を犠牲にしなければならない人が増えてくることが危惧されているからです。心を犠牲にすると、物に貧しい国では子どもの身体、人生が犠牲にされることが避けられず、教育が受けられず、虚偽や犯罪を犯して生きることを学ぶ子ども達が増えていきます。世界の調和から遠ざかっていく一方になってしまいます。
津波の被害があったのは沿岸沿いのリゾート地です。都市部の近郊ではスラム化している地域や内陸農村部の生活は、トイレも無いような所はたくさんあります。お金持ちと貧困層の格差は大きく、お金持ちはほんの一部です。スリランカで素晴らしいと感じていることは、お金持ちの中に、自国の人々に対し多くの慈善寄附を行っている人々がいるということです。
スブーティ僧侶の紹介で、数家族にお会いしましたが、全て長年慈善支援を行っているという方ばかりでした。スリランカには、やはり正しい力、豊かな心があり、私達はそういったスリランカ人が行う正しい活動に参加し、必要なことのみ提案をしたり、必要な支援を行っていくことが出来ることを嬉しく思っています。
スブーティ僧侶達とともにコロンボ市郊外の貧困層の人々に出会い、そして国立病院に病で長く過ごしている子ども達を訪問しました。この国営病院には敷地内にお寺があり、そこへ患者が僧侶へ相談やお祈りに訪れているそうです。そこの若い僧侶と病室を訪れ、子ども達を見舞いました。裕福な人々は設備の整った私立病院へ行くことができますが、貧しい人々はこの唯一の国立病院を利用します。病気にならないように、病院に頼らない心の強さを応援したいと思いました。今後も、こうした現地の協力者が自主的に自立支援、心の支援を行って行くのであれば、必要なだけの継続支援協力を行う予定です。津波の被災地は生活復帰に必要な応援のみを行い、物資の支援に関しては、農村部、ジャングル地帯で暮らす人々を対象に行う予定にしています。
このように、スリランカだけではなく、世界中どこにでも、きっと同じ心で平和のためにはたらく仲間はいる、繋がって育てていくことができると信じています。